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森林、気候変動、環境史に関する国際セミナー

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雨を降らせるのにはいったいどうしたら良いのでしょうか。 うだるような暑さの中、駒澤大学にお邪魔しました。かれこれ10年来の付き合いになる米国人研究者の二人が来日したのに合わせて 国際セミナー を開催するためです。この二人(ベネットさんとバートンさん)は、森林と降雨の関係についての論争の展開を18世紀から現在まで追跡した、 Saving the World: How Forests Inspired Global Efforts to Stop Climate Change  という本を昨年出版しました。今回、築地書館から邦訳 『雨を操る 森林保護思想の変遷から読み解く気候安定化への道』 が出版されたことに合わせて来日されました。 帝国林業や環境史を専門としている国内の研究者に呼びかけて国際セミナーを企画し、この本の内容について議論しました。参加くださった方々に心より感謝申し上げます。 写真は駒澤大学の旧図書館で現在は禅文化歴史博物館になっています。1928年の建築で、フランク・ロイド・ライトの旧帝国ホテルなどに影響を受けているとのこと。美しい建築物です。

山梨市でワインを学ぶ

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地域社会システム調査実習の現地実習で山梨市に一泊二日でお邪魔しました。今年は学生36名、TA・教員7名、総勢43名での実習となりました。去年から写真の旧牧丘第二小学校に宿泊させていただいています。 初日は「街の駅やまなし」で山梨市の職員の方たちから市の概況や世界農業遺産、農産物についてレクチャーを受けてから、フルーツ公園で開催中の「日本ワイン歴史展」を見学しました。 明治期に政府や山梨県などはワイン産業が発展することにかなりの期待をしていたものの、うまく軌道に乗せることができなかったようです。現在の日本ワインづくりはこのような歴史があってこそと思うと、感慨深いです。 シンワフーズケミカルはワインづくりに必要な機械や資材を販売する会社です。その「 ワインづくり研究所 」では、機械などを実際に使用してワインづくりを試験的に行い、販売しています。輸入している機械や樽などを見学させていただきました。 鼓川温泉 で汗を流した後、今年はおほうとうづくりに挑戦しました。地粉からうどんを作って、煮干しとじゃがいもで出汁をとり、美味しいおほうとうができました。市の教育長にも来ていただいて、懇親を兼ねた夕食会となりました。 翌日は午前中に豊原ファームで畑の畝立て、獣害柵の設置、さつまいもの植え付けなどを行いました。豊原ファームから景観を楽しみながら歩いて小学校に戻り、午後は東晨洋酒さんからこだわりのワインづくりのお話を伺いました。最後にフルーツグロアー澤登農園で有機農法によるワイン用ブドウづくりを見学して、解散となりました。 好天にも恵まれて、無事に現地実習を実施することができました。今年も山梨市の関係者のみなさまのご協力に心より感謝申し上げます。  

新木場で木材を学ぶ

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雨こそ降らねど蒸し蒸しした梅雨の候、ゼミのエクスカーションで久しぶりに新木場に参りました。まずは 木材・合板博物館 で、木材・合板の特性や種類について学びます。突然の訪問にもかかわらず館長を始め、スタッフの方々に大変丁寧に案内していただきました。  この「合板の用途」という解説パネルは、とても分かりやすくて、このまま講義に使いたいくらいです。 次に 木材会館 を見学させていただきました。建物にふんだんに用いられている木材はすべて国産材だそうです。7階の檜のテラスからはスカイツリーがよく見えました。天気が良いと富士山も見えるそうです。 木材会館の方に勧められて、おしゃれなカフェと雑貨屋の CASICA で休憩しました。 東京木材問屋協同組合 の組合員でもある「福清」さんの倉庫だったところをリノベーションしたとのことです。 最後に、木材会館の裏手にある貯木場跡に行きました。かつてはたくさんのラワン材が浮かんでいたとのことです。近隣の会社員たちの喫煙場になっていて、違う意味のモクモクが潮の香りを消していたのは残念でしたが、海風が心地よい夕方でした。 木材を学ぶならばまずはこの新木場を散策するべきですね。ご案内いただいた関係者の皆様に心よりお礼申し上げます。

林業遺産へ行こう

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文一総合出版から柴崎茂光編『 林業遺産へ行こう 』が出版されました。日本各地の林業遺産に実際に行って、楽しんでいただけるように、コースや見どころを紹介しています。たくさんのカラー写真が掲載されているので、手にとって眺めるだけでも楽しい本になっています。飯田市の遠山森林鉄道のコースなどを担当しました。 森林学会による 林業遺産 は学会100周年事業の一つとして始まりました。最新の2024年度の選定は、 旧鹿児島貯木場:屋久杉等海上輸送施設遺構(N0.52) と、 現在に続く「岩手木炭」の伝統的な生産技術(No.53) です。旧鹿児島貯木場などについて、読売新聞に丁寧な 記事 が掲載されています。 森林学会では、毎年、林業遺産が選定される総会のあとに、公開講演会が開催されます。今年は、「 人文科学から森林科学へのアプローチ 」という内容だったので、学生といっしょに参加してきました。信仰や妖怪が林学に与えている影響(あるいは林学が信仰や妖怪に与えている影響)を議論するのはなんだか新鮮な気分でした。

岩手でゼミ合宿

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薫風5月、岩手県立大学のゲストハウスでゼミ合宿を行ってきました。県立大に着任して間もない、研究室OBの周平先生と一緒に滝沢市と盛岡市の各地を訪問してきました。県立大の周辺からは残雪の美しい岩手山を拝むことができました。 初日は、林業経済学会でいつもお世話になっている岩手大学の先生方に学生を紹介して、アドバイスをいただいたりした後、 農業教育資料館 にお邪魔しました。 この資料館の建物は、1912(大正元)年に建てられた旧盛岡高等農林学校の本館です。岩手大学はこの旧盛岡高等農林を母体にして戦後に国立大学として創立しました。官立の高等農林学校としては全国で最も早く、1902(明治35)年の創立です。この本館が建ってまもなくの1915(大正4)年に宮沢賢治が入学しています。賢治とその指導をした関豊太郎の関係などの展示をゆっくりと見学しました。 岩手県立大学のゲストハウスは設備の整った施設で、学生たちと合宿するのに最適でした。ゲストハウスだけでなく県立大のキャンパスは県内外の学生たちが学ぶ環境として素晴らしいところでした。 二日目は早起きして、ゲストハウスに隣接する滝沢森林公園で自然観察を楽しみました。ここは公園というよりも歩きやすい勾配のない森林です。チゴユリやエンレイソウが咲いている林内のあちらこちらで、キビタキが鳴き声と姿(この動画では分かりませんが、、、)をみせてくれました。ネイチャーセンターでは餌場や水場を設置してあって、窓越しにアカゲラやリスも観察できました。   午後は松園にある 岩手県立博物館 にもお邪魔しました。自然史と社会史のバランスの良く取れた常設展示のほか、テーマ展では博物館の お宝 に出会うこともできました。野外には2棟(曲屋と直屋)の古民家が展示されていて、 曲屋(岩泉) を川崎の民家園のもの(紫波)と比較すると、馬屋の位置が逆でした。ただ、屋内が暗いので、足元や頭上には要注意です。 初日は ここ 、二日目は ここ で、久しぶりに本場の冷麺を楽しみました。お腹が空いていたのもありますが、初日にお邪魔した写真の冷麺はとても美味しく、大盛りが一瞬で消えました。 東北新幹線に乗ってしまえばすぐですし、今回の訪問をきっかけにして岩手での調査研究を展開できたらとても嬉しいです。県立大、岩大の関係者のみなさまに改めて感謝申し上げます。

森林社会学

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東大農学部で「森林社会学」の集中講義を担当することになって、この週末の二日間を1号館の6番で過ごしました。台湾の阿里山の話もしましたが、この東大農学部正門には、もともと、 明治神宮の鳥居と同じように 、タイワンヒノキが使われていました。院生時代の2003年に木曽ヒノキに取り替えられたことはよく憶えていて、弥生講堂の裏に古い門がしばらく置かれていました。 さて、集中講義「森林社会学」の方は、予定した内容が7コマに収まらなかっただけでなく、最後の方は疲れも出て、話がグダグダにになってしまいました。ただ、今回、三井昭二先生の書かれた 『森林社会学への道』 や、内山節編(1989) 『《森林社会学》宣言』 を改めて手にとって、「森林社会学」とは何かを考えることができました。 『《森林社会学》宣言』の「はしがき」には次のように書かれています。森林社会学とは、「自然的=社会的存在としての森林を、ときに社会史的視点から、ときに地域社会の視点から、ときに自然史的視点から、ときに森林と人間の関係史的視点からとらえていくことによって、いわば森林と人間の社会との関係論を組み立て直そうという試み」であると。これは環境史の考え方にとても近く、先見の明に驚かされます。なぜ歴史に注目しているのかについては以下のように述べられています。 「森林の歴史は人間の歴史でもあったのではなかったか。人間と森林のかかわりかたが森林の形態を変え、現代における森林の状況は、現代における私たちの文明の状況を指し示している。とすれば、森林と人間たちの社会の関係を、その根源にまで遡ってみつめなおしていかなければ、森林と人間の共生を語ることはできないだろう」 この部分は共感するところもありますが、十分に理解できないところもあります。ただ、「森林社会学」(「森林社会史」と言い換えたほうが良いかもしれませんが)は、これまで自分が取り組んできたことにかなり近いと言えそうです。というよりは、若いときに読んだこの本からの影響が小さくなかったのかもしれません。

カルミアにオオミズアオ

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第1講義棟の横にある池の近くに2本のカルミアの木があります。こんぺいとうのような蕾が開いて花が咲きだしました。毎年、こんなにかわいい花を咲かせていたのに、ついこのあいだまでこの木の存在を知りませんでした。 去年の秋も終わりの頃、オオミズアオの終齢幼虫がこの木についていることを院生のSくんとUさんに教えてもらったのですが、幹を見ても、葉っぱを見ても、木の名前がすぐに分かりませんでした。図鑑をいろいろ調べて、ようやくカルミアという名前にたどり着きました。 庭木として植栽されるカルミアは、アメリカ原産のツツジ科で、葉っぱにはグラヤノトキシンという有毒成分を含みます。アセビやネジキにもグラヤノトキシンが含まれているそうで、アセビはオオミズアオの食樹の一つです。家に持ち帰った終齢幼虫はすぐに蛹になって、ときどきゴソゴソと音を立てながら越冬しました。一昨日、繭をぶちやぶって出てきて、綺麗に羽根を伸ばしました。

キスゲフェスティバル

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浅間山のキスゲフェスティバルに出かけてきました。ムサシノキスゲが綺麗に咲いていました。今年は例年より季節が一週間くらい遅いようです。不動の 江上げ も今年は11日とのこと。 ホウチャクソウも咲き始めたところのようです。あと一週間くらいは花々を楽しめそうです。

イチハツの咲く茅葺き屋根

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ゼミのエクスカーションで 川崎市立日本民家園 にお邪魔しました。茅葺き屋根の上には紫色のイチハツが咲いています。中国原産のイチハツはアヤメ科のなかでもいち早く咲き出すもので、火事や台風からのお守りとして茅葺き屋根の上に植えられる風習が古くからあったそうです。 タイミングよく、「信越の村」5軒をボランティアの案内で見学することができました。写真は重要文化財の江向家住宅です。富山の五箇山の民家は「庄川本流系」と「利賀系」に分類され、いずれも切妻造(入母屋造風)ですが、江向家住宅のような「庄川本流系」は妻入(正面の妻に入口がある)に特徴があります。一方で、すぐ近くにある野原家のような「利賀系」では妻側ではなく屋根側(横側)に入口があります。 4月末の好天に恵まれて、ガビチョウやウグイスが鳴くなか、のんびりと4時間ほど民家を満喫してきました。白川郷や大内宿、美山といった現地で保存されている場所も素晴らしいですが、全国から移築・復元・保存し、丁寧に解説や展示がなされている川崎市立日本民家園はもっと評価されて良い場所です。ただ、混雑すると困るので、知る人ぞ知る場所で良いかなとも。

キランソウ

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一気に花が咲きだして、早々と暑くなってきました。9号館横ではキランソウがみんなに踏まれても元気に咲いています。 いつ植えられたのか、9号館前の一角に小さなアオダモの木。花が咲いて、気が付きました。

森林美学の系譜

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樹木葬に関するトークセッションへのお誘いを受けて、学生たちと一緒に Deathフェス というイベントに参加してきました。会場は渋谷ヒカリエです。急増する樹木葬はもちろんですが、 循環葬 や有機還元葬といった耳慣れない葬送に対する大きな関心があることを知り、驚きました。イベントに誘ってくれた北大教授の上田さんは、院生時代の友人で、東大林学の風致計画学の所属でした。現在、北大で「 森林美学 」の講義を担当されているとのことです。 その話を聞いて、イベントの後、せっかく渋谷にいるので学生たちを誘って明治神宮を散策してきました。第一鳥居が綺麗になっていたので、帰宅してから調べたら、鎮座100年記念ということで2022年に建て替えられていました。創建時(1920年)、明治神宮の8基の鳥居は第一鳥居だけでなくすべて阿里山のタイワンヒノキを用いたはずですが、新しい第一鳥居は吉野をはじめとする国産各地のスギを用いたそうです。タイワンヒノキだった旧第一鳥居はなんと「 除災招福守 」になって、今年の初詣で配られたそうです。 大鳥居(第二鳥居)はかつてのままでしたが、これは創建時に阿里山から運んだタイワンヒノキの鳥居ではなく、1975年に建てられた二代目で、台湾の丹大山(たんだいさん)というところのタイワンヒノキです。本殿の前にある第三鳥居も、 2016年に建て替え られて、木曽のヒノキになっているそうですから、阿里山のタイワンヒノキの鳥居が明治神宮にあといくつ残っているのか、大変気になるところです。ちなみに本殿前の夫婦楠(写真)は、創建時の植樹で、100年生を超えています。 いろいろ調べていたら、落雷で破損して建て替えられた大鳥居は、翌年、 大宮の武蔵一宮氷川神社に寄贈 されて、修復されて赤く塗られてはいるものの、現在も健在であることを知りました。大宮の氷川神社はくらやみ祭りの「三ノ宮」です。近いうちにお参りに行きたいと思いました。

岩手県立大学総合政策学部に

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嬉しいお知らせです。農村社会学研究室で修士課程、博士課程を過ごした佐藤周平くんが 岩手県立大学総合政策学部 の講師に就任しました。本研究室から巣立った最初の大学教員です。今後の活躍を 心より願っています 。  

第3回桜まつり

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寒の戻りで、サクラの蕾も二の足を踏んでいますが、前日の雨も止んで、晴れ間も出るなか、今年も山梨市の旧牧丘第二小学校で開催された桜まつりに9号館の有志で参加してきました。   持参した60本の 乳酸菌飲料 (1本400円)は3時頃までに完売しました。今年も子どもたちには風船の犬が大好評でした。6月の実習ではブドウ栽培やワイン生産の歴史を学ぶ予定です。

東洋大学で研究会

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札幌も決して寒くなかったのですが、東京はまだ3月なのにもはや暑いという気温です。今日は東洋大学で、森林保護と宗教というテーマのキックオフミーティングがありました。 東洋大学(哲学館)の創設者である井上円了は新潟長岡出身の哲学者でした。ミーティングの前にちょっとだけ時間があったので、 井上円了記念博物館 を見学しました。何気なく車で通り過ぎていた中野の哲学堂が、井上円了の拠点だったことを知りました。ソクラテス、カント、仏陀、釈迦を祀った「四聖堂」だったとのことでした。哲学堂あたりのサクラ並木はもう咲き出しているでしょうか。  

北海道大学で森林学会と林業経済学会

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北海道大学で開催された森林学会と林業経済学会に研究室の学生3人と一緒に参加してきました。2年ぶりの札幌は、予想していたよりもかなり暖かでした。北大のキャンパスは本当に素晴らしいです。ポプラ並木が夕陽に映えます。今回、森林学会では佐藤周平くんの論文が「 日本森林学会誌論文賞 」に選ばれて、 表彰 され、林業経済学会ではOGの松村菖さんの論文が「 林業経済学会学生論文賞 」に選ばれて、 表彰 されました。関係者のみなさまに心より感謝申し上げます。 森林学会の林政の会場は農学部(写真)の4階にある大講堂でした。歴史ある大講堂の舞台で 発表 できたことは記憶に残りました。実は4階の上の5階(写真の塔の部分)には中講堂があります。林業経済学会の理事会・評議員会はここで開催されたので、中講堂に足を踏み入れることもできました。 学会の翌日、飛行機の時間が遅かったので、林業遺産を見学に行きました。写真は、森林総研の林木育種センター北海道育種場に隣接する旧林業試験場庁舎です。この庁舎は、志文別から西野幌に1927(昭和2)に移転した際に建築されたもので、現在までその美しい姿を残しています。リノベーションされて、サッポロ珈琲館が 「Rinboku」 というカフェを経営していますが、この日は月曜日で休館日だったので、残念ながらコーヒーをいただくことはできませんでした。 飛行機までもう少し時間があったので、バードウォッチングに行きました。運良く、日本最大のキツツキで天然記念物のクマゲラを観察することができました。メスのクマゲラが枯木から餌を掘り出しているところです。ただ、たぶん雪原を慌てて走って転んだときなのですが、20年以上愛用していた水筒を失くしてしまいました。

桂二郎とワイン

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地域社会システム調査実習の現地実習の打ち合わせのため山梨市にお邪魔しました。今年のテーマはブドウ栽培やワイン生産の歴史になりました。 フルーツ公園 で現在展示中の「日本ワイン歴史展」をみると、明治期に日本各地でワイン生産に取り組んでいた様子がよく分かります。 第11代、第12代、第15代の内閣総理大臣で知られる桂太郎には桂二郎という弟がいて、兄弟で一緒にドイツに軍事留学しています。そのときに二郎は体調を崩して、ワイン生産の勉強に転向したそうです。帰国後、留学費用を支援してくれた山梨県で勤務し、『葡萄栽培新書』を著しました。知られざる歴史といいますか、著名な桂太郎にこのような弟がいて、山梨や日本におけるワイン生産に大きな貢献をしていたことを知り、とても驚きました。

雪の不動

ブナなどの広葉樹材の活用について不動生産森林組合にお話を伺うため一泊二日で新潟県上越市にお邪魔してきました。今年は久しぶりに雪が多いとのことで、動画のように道の両側に2メートルほどの積雪がありました。  

内田祥三

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今日は東大農学部で打ち合わせでした。右が1号館、奥が3号館です。東大農学部の建物群は、前日に見学した旧公衆衛生院および東大医科学研究所と同じく内田祥三の設計です。これらはどれも良く似ていますが、農工大の本館は雰囲気が異なっていて、内田のなかでは異色作だったのかもしれないですね。

白金界隈でエクスカーション

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今年は研究室からの卒論発表がなかったのですが、M2の修論発表会(2/12)とM1の構想発表会(2/18)が無事に終わったので、打ち上げを兼ねて、白金界隈にエクスカーションに出かけました。 一枚目の写真は東京大学医科学研究所です。1892年に開設された伝染病研究所が起源となっています。伝染病研究所の管轄が内務省から文部省に変わることに反対した北里柴三郎が所長を辞めて、北里大学の前身である北里研究所を設立したのは有名な話です。当時の歴史的資料が医科学研究所入口近くの 近代医学記念館 に展示されています。 さて、二枚目もよく似た建物の写真です。これは、伝染病研究所とセットで建築された 旧公衆衛生院 で、現在は港区の「ゆかしの杜」という総合施設になっています。いずれも内田祥三による設計です。同じく内田が設計した農工大の本館とはずいぶん趣きが異なります。 日頃の行いが悪かったのか、この建物に入っている港区郷土資料館がお休みでした。それでも総合施設なので、中にはいって建物を見学することができました。階段の造りが美しかったです。 このあと五反田方面まで歩いて、スリランカ料理屋で打ち上げを行いました。キャッサバ芋のフライがとても美味しくて、びっくりでした。

京の桂

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日文研(国際日本文化研究センター)で開催された二日間にわたる研究会に参加してきました。京都駅から西に少し行ったところにある桂駅からバスで20分ほど山に入ったところに日文研があります。せっかくなので研究会の前に桂離宮にお邪魔することにしました。 宮内庁によって皇室財産として管理されている桂離宮は自由に散策することが出来ません。1時間のガイドツアーを事前予約(厳密には抽籤)したものだけが入場できる仕組みになっています。とても丁寧なガイドツアーにもかかわらず、入場料込で1000円と破格です。 写真は、皇室が出入りする「正門」です。一般の人がこの門を使うことはありません。写真ではわかりにくいのですが、砂利が敷かれている道の部分は、門があるところの幅よりも手前の幅のほうが広く造られているため、距離を遠く感じ、名残惜しくなるとのことです。このように含意ある意匠がそこら中にあるのですが、解説を聞かなければほとんど気が付きません。 改修のために池の水を抜いている時期だとのことで、本来の美しい庭園の姿を拝むことはできなかったのですが、それでも木や石、池、橋、建物の一つ一つが、職人の手によって、およそ400年前から変わらずに完璧に維持管理されていることがよく分かりました。 本題の研究会の方は、「匂い」をテーマにした環境史ということで、日文研の先生方や懐かしい先生方とお話しや会食をする貴重な機会となりました。また去年お世話になったスロベニア現代史研究所のみなさんにも再開することできて、とても楽しい時間を過ごしました。二日目の昼食にいただいた木乃婦の仕出し弁当「洛中三条」は、すべての惣菜が丁寧に調理されていて、とても美味しかったです。改めてお礼申し上げます。