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鴨川を渡って

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演習林の古い資料を拝見するため京都大学にお邪魔しました。前日は5限に講義があったので夜遅くに京都について、五条駅近くのホテルに泊まりました。朝、ホテルを出て東に向かい、鴨川を渡って清水五条駅から京阪電車に乗って出町柳に着きました。写真は五条大橋から北を撮っています。梅雨の曇天。もうすぐ祇園祭で夏を迎えます。 年に一度くらいは京都に来るのですが、この2月は予定した研究会を体調不良でオンラインに切り替え、昨年12月は乗り換えで京都駅には来たものの、外には出ませんでした。カレンダーを確認すると昨年2月に 桂の日文研 にお邪魔したとき以来の京都でした。 午前中に京大の先生方と一緒に演習林資料を拝見したあと、農学部の横にある渋い 古本カフェ「ハリーナ」 でみなさんとハヤシライスをいただきました。トマトベースの優しい味で美味しかったです。 午後は人文研のS先生の講義にゲスト参加して、『帝国日本と森林』を読んでくれた学生たちからの質疑に応答してきました。 講義後は寄り道をせずに百万遍から203のバスに乗って、観光の外国人たちを眺めながら京都駅に戻り、新幹線で東京駅に行きました。行きは府中から新宿経由で品川駅でしたが、帰りは東京から武蔵小金井まで中央快速のグリーンに乗ってみました。ゆっくり座って帰れて助かりました。

今年も山梨市で実習

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土日は地域社会システム調査実習のため、学科2年生と一緒に山梨市に行ってまいりました。 この写真は日曜日の午後に撮ったものなので晴天ですが、土曜日は朝出かけるときから激しい雨でした。途中からだいぶ弱まったりしたものの、結局一日中降っていました。それでも全員が市役所の西館5階の会議室に集合し、高木市長からのスピーチを拝聴したあと、市の政策秘書課と農林課から現状の施策について説明を受けました。 この会議室からは笛吹川がよく見えます。川向うにあるこんもりとした緑は万力公園でしょうか。ちなみに笛だけでなく鼓川、琴川もあって、音を奏でます。 今年の実習は旧牧丘町だけでなく旧三富村にも足を延ばして、獣害や狩猟について関係者のお話を伺いました。かつて西沢の県有林から木材を運搬した三塩(三富から塩山)軌道のトロッコが広瀬ダムのすぐ近くにディスプレイされています。ダムに沈む前の広瀬集落の様子は 岩波写真文庫 に収められています。 旧三富村の温泉旅館 白龍閣 さんにお邪魔しました。経営のことや、獣害・ジビエのことをお伺いしたあと、大浴場で温泉に浸かり、鹿肉カレーに舌鼓を打ちました。 毎年、市のご協力で、旧牧丘第二小学校で宿泊をさせていただいております。夜はいつもお世話になっているブドウ農家Oさんと、有害鳥獣駆除をされている移住者のAさんから貴重なお話を伺うことができました。 明け方まで降っていた雨も朝には止みました。畑作業を体験するために豊原ファームに着いた頃には晴れ間も覗いて、今度は気温の上昇が心配です。 みんなで耕して、畝を作り、サツマイモの苗(紅あずまと紅はるか)を植えました。ぜんぶ植え終わる頃にはすっかり晴れて、富士山の頂きもきれいに見えました。 自炊して作ったおにぎりを頬張り、腹ごしらえをしたところで、扇状地の美しい景観を眺めながら(最初の写真)、有機でブドウ栽培をするフルーツグロアー澤登農園に寄って、小学校に戻り、片付けをして解散しました。 今回も山梨市役所のみなさんや澤登ご夫妻にはもちろん、地域住民の方々に大変お世話になりました。晴れ女・晴れ男のおかげでサツマイモも無事に植えられました。秋の収穫が楽しみです。

東京都水道水源林と山梨県

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山梨県内に所在する東京都水道水源林の調査に学部4年のKくんと博士1年のUさんと一緒に出かけました。まずは小河内ダムに併設されている「 水と緑のふれあい館 」で資料などを収集しました。「水と緑のふれあい館」は、もともと奥多摩町郷土資料館があった場所に、1998年に東京都水道局と奥多摩町が設置した施設です。 小河内ダムやその周辺に広がる水道水源林は東京都内ですが、多摩川の源流域は山梨県内に続いていて、丹波山村、小菅村、甲州市(旧塩山市)にも東京都が所有する水道水源林が広がっています。まずは丹波山村に入って、青梅街道沿いの古民家をリノベーションしてレストランにしている TABA CAFE で腹ごしらえです。ホップを使ったカラメルのプリンがとても美味しかったです。 丹波山村は七ツ石神社の狼信仰で有名で、Uさんの調査も兼ねて、 郷土民俗資料館 にお邪魔しました。七ツ石神社の狛犬はオオカミです。本当は七ツ石神社まで本気の登山という選択肢もあるのですが、それは別の機会に譲ることにして、今回は郷土民俗資料館に展示されているレプリカを拝見し、 この絵本 の作者である寺崎さんからお話を伺いました。 去年の9月に 東日本林業経済研究会を行った小菅村 にも寄りたかったのですが、これもまたの機会に譲ることにして、旧塩山市の 柳沢峠 で水源林を散策することにしました。林内に入るとミズナラの苗木をシカの食害から保護する様子が目立ちます。 大きなブナやイヌブナもたくさんあります。新葉を展開し始めたイヌブナに寄生したブナハアカゲタマフシがまるで赤い実のように綺麗です。沢沿いの苔むした倒木の上ではミソサザイがせわしく動いていました。 歩くこと小一時間。「多摩川源流部の眺望」というポイントまで辿り着きました。多摩川源流とされる笠取山の水干を含む水道水源林の山々を一望できます。山々を背景に記念写真を撮っているとすぐ近くの藪の中でなにやらガサガサ動く音が聞こえてきます。跳び出したシカが風のようなスピードで木々の間を駆け抜けていきました。シカ対策が必要な理由がよくわかりました。 翌日は研究室OGのSさんが勤務する 山梨県富士・東部林務環境事務所 で県有林と水道水源林について貴重なお話を伺うことができました。同事務所のNさんをはじめ、今回の調査でお世話になった方々に心よりお礼申し上げます。 今回も調査中に美味し...

森林社会学の二日間

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この週末は東大 農学部1号館 6番教室で「 森林社会学 」の講義を行いました。1コマ105分で土曜に4コマ、日曜に3コマの計7コマ、すっかりくたびれました。 期待に応えられたかは微妙なところですが、 去年より 受講してくれる学生が増えて、二日間、熱心に話を聞いてくれました。するどいコメントや質問がたくさんあって、気が引き締まる思いでした。 1号館の前に生えていたクスノキの若葉にアオスジアゲハの小さな幼虫が座っていました。家に連れて帰って育てました。今日(5/30)でちょうど3週間。無事に羽化して、飛んでいきました。

ゼミ合宿で江上げ

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江上げ とは用水のお掃除のことです。春、田んぼに水を引く前に用水に溜まった落ち葉や泥を除去する作業です。いつもお世話になっている上越市の不動地区で 2年ぶりに この作業に参加しました。農大からY先生と3名の3年生も来てくれて、総勢11名で合宿してのお手伝いです。5月3日の7時半、班に分かれて用水のお掃除の開始です。不動地区の人たちやわれわれだけでなく県や棚田サポーターの方たちなど、全員で72名が集まりました。 午後は林道南葉山線の側溝を清掃しました。今年は4月半ばに気温が上がらず季節が遅くなったとのことで、スミレやオオバキスミレがまだきれいに咲いています。黄色いスミレは日本海側に来ないと見られません。 山菜もベストシーズンで、作業の傍ら、ウドやワラビ、ゼンマイを採ることができました。 みんなで汗を流した後は懇親会になって、山菜もたくさんいただきました。なかでも初めて食べたサワアザミ(たぶん)が絶品でした。地元のそば粉で打ったお蕎麦は本当に美味しいです。いつも温かく迎えてくれる不動地区のみなさまに心より感謝申し上げます。 今回、GWで いつもの宿 に連泊できなかったため、2泊目は少し足を延ばして能生の 長者温泉 にお世話になりました。茅葺屋根の素敵な古民家でした。ここはキッチンも使えるので、山菜を調理して朝ごはんにしました。みんなお料理上手です。 最終日はお昼すぎまで地区の女性2人にライフヒストリーをお伺いして、公用車で帰路につきました。3日間があっという間でしたが、筋肉痛は府中に戻ってきてからジワジワと時間差で出てきています。やり残した調査がたくさんあるので、また近いうちにお邪魔できればと思います。

つくばで森林学会&林業経済学会

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つくば国際会議場 で森林学会、引き続いて筑波大学で林業経済学会が開催されました。17日はメインホールで行われた午前の企画シンポ&午後の公募セッションに参加しました。公募セッションでは研究室の4年生の小室くんが卒論の内容を 発表 しました。メンバーも応援に駆けつけてくれました。 この企画シンポと公募セッションは林学の源流を探索すると同時に、林学の枠組みを問い直そうという野心的な試みで、森林総研の平野さんを中心に練ってきました。今後の展開がとても楽しみです。 林業経済学会のシンポ は主伐時代における素材生産事業者や森林組合の現状と今後について議論するというものでした。そもそも、専門家であるが故に業界というしがらみの中で解をまとめることはとても難しいことです。しかし、急成長しているAIが、おそらく数年も待たないうちに、そうしたしがらみを無視した、それでも信頼性の高い解を出してくるでしょう。われわれはそうした解とどのように向き合うのでしょうか。白書の目標ではなく、AIが出した解を論文のイントロに引用する日は近づいています。 よく会っている人、久しぶりの人、大会中にたくさんの方とお話しする機会がありました。研究成果の発表はもちろん大切ですが、研究者同士の交流が本当にありがたいことです。親交を深めつつ美味しい ロシア料理 もいただきました。 来年は沖縄那覇(3/14〜17)です。いまから楽しみですね。

牟婁の春

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紀伊半島の西牟婁郡・東牟婁郡に山林所有の調査でお邪魔してきました。南紀白浜空港からすぐ近くの円月島は、海蝕洞(中央の穴)から水平線が見えるのが素晴らしいですね。 このあたりに来たのは初めてです。 南方熊楠記念館 に寄って、この地が生んだ偉人の事蹟を学びました。明治期にアメリカで隠花植物の採集をした道具やノートなどの貴重な史料から熊楠は微細なことが好きだったということがよく分かります。熊楠は神社合祀反対運動でも有名ですが、その舞台となった神島をこの記念館から望めることは知りませんでした。 写真は記念館の 屋上展望デッキ から東の方角を撮影しています。右手にある白い建物がホテルハーヴェスト南紀田辺のようです。その手前に浮かぶ2つの島が神島(かしま)です。左がこやま、右がおやまで、あわせて2.99haだそうです。1929(昭和4)年に昭和天皇が神島に上陸した際に、軍艦長門で熊楠がご進講を行い、1935(昭和10)年に神島は国の天然記念物に指定されました。熊楠亡き後、戦後になって昭和天皇が神島と熊楠を偲んで詠んだ歌の歌碑が記念館の前に建てられています。 さて、本題の山林所有の調査ですが、かつて部落有林野を財団法人や社団法人にした事例は日本各地に偏在していて、その一つが牟婁です。今回、20年前の公益法人制度改革がこのような山林所有に与えた影響を調べているY先生に同行させていただきました。 古座川町のM保郷会では分収林契約で保郷会の土地に住民が植林した記録を台帳に残していました。ただ、50年前にはとても賑やかだった集落はいま高齢化と人口減少ですっかり静かになっています。白浜町のT保郷会でも同様の分収林がありますが、保郷会に寄付して、権利を放棄する人が増えています。 日置川の蛇行によって形成された豊かな農地はもう春の装いです。お土産に 南高梅のはちみつ梅 を購入しました。訪問を受け入れてくださったみなさまに心よりお礼申し上げます。

大井川芸術創生譚@静岡県島田市抜里

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博士課程のOさんと研究室メンバーで 大井川芸術創生譚 を見学するために静岡県島田市抜里にお邪魔してきました。10月に開催された 林業経済研究所のシンポ「農山村と芸術」 でこの取り組みを知って、訪問の機会を狙っていました(シンポ記録は 林業経済78(11) を参照ください)。 走る大井川鐵道に歓声を上げたりしながら抜里にたどり着くと、イベント基地になっているヌクリハウスでクロスメディアしまだの兒玉絵美さんが出迎えてくれました。兒玉さんと一緒に集落内にある「魚藤」さんのお弁当を堪能していると、若手アーティストの鈴木一生さんも加わってくださり、アーティストと住民の関係性や、住民同士の関係性である「抜里根性」の重要性を伺うことが出来ました。 アチラコチラに展示されている作品をコンプリートするためには集落をぐるりと散歩するように仕組まれています。そびえる巨大な竹製の手(小山真徳作「てのひら」)はのどかな茶畑になぜか溶け込んでいて、不思議な感覚が生まれます。 抜里に生まれ育った米沢くにおさんは、ご自分のガレージにところ狭しと家族の肖像(「家族をみつめて」)を飾っています。力強い色彩とタッチが家族の喜びを直截的に観るものに伝えてきます。 運動不足と花粉症の身体に鞭打って、「ぼいんぼいん山 ART TRAIL」を進んでいくと、マスコットキャラクターの「茶々」がちょこちょこ登場して山頂まで案内してくれました。 かつてあった保育園の子どもたちが名付けたというぼいんぼいん山(正式名称は寺山)の「音の要塞」(西田秀巳作)からは、大井川の蛇行で形成された自然環境に寄り添う集落を一望できます。写真の中央にある小山には抜里の家の多くが檀家になっている万福寺のお墓が見えます。川に近い方に茶畑が広がり、山側には民家が立ち並びます。どうやら芸術にはこの地で培われた人々の暮らしを可視化させる力があるようです。 日帰りで滞在時間が6時間ほどだったため、まだ見ていないところがたくさんありそうです。芸術、そして集落は、効率的に短時間で理解するものではなく、あそびながらのんびりと味合うものですね。今度は泊まりで訪問したいと思います。

森林と神社

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東洋大学の研究プロジェクト「 東洋の思想・宗教と環境保護ー森林保護と地球温暖化対策をめぐってー 」の公開講演会に参加してきました。櫻井治男先生のお話はとても分かりやすく、勉強になりました。戦後すぐの緑化行事に神社が連携したことには徳川宗敬が関与していたこと、平成期に「千年の森シンポジウム」などのイベントによって鎮守の杜が普及したことなどを詳しく知ることができました。講演会後の懇親会でも奈良の三輪山や、京都の八坂神社などに関する興味深い話を聞けました。それにしても明治初年の社寺上知令の影響には驚くばかりです。 講演会を開催いただいた東洋学研究所のみなさまに心よりお礼申し上げます。1月も今日で最後です。来月はまずは卒論発表会、修論発表会ですね。

林業経済研究所

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『林業経済』誌の今年最後の編集委員会と忘年会に出席するために東大前に行ってきました。長いこと 湯島 にあった林業経済研究所はこの9月に東大前に引っ越しました。前回の委員会は学務で欠席したため、引っ越してからはじめての訪問でした。 少し狭くなりましたが、使いやすそうな間取りです。床がきれいに貼り替えられて、トイレも新品です。実は ホームページ も新しくなっていますので、ぜひ訪問ください。

滋賀県立大学で林業経済学会秋季大会

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今年の林業経済学会秋季大会は滋賀県立大学で開催されました。大会前日の評議員会の前に御神体が山という 太郎坊宮 (写真)に登ってきました。太郎坊宮のある東近江市は「飛び出し坊や」の発祥の地として知られているそうです。なんと「飛び出し坊や」は自分と同い年。 太郎坊宮の後、彦根城にもお邪魔してひこにゃんに会うことも出来ました。いまやどこにでもいる「ゆるキャラ」ですが、ひこにゃんはくまモンと並ぶ初期からの横綱でしょう。それにしても「飛び出し坊や」と「ゆるキャラ」の両方を命名したみうらじゅん氏の先見の明には驚かされます。 滋賀県立大学は琵琶湖まで歩いて10分くらいのところにあります。土曜と日曜の朝、彦根駅からのバスで先に琵琶湖まで行ってから大学まで散策をしました。大会は144人の参加で、盛会に終わりました。学生ポスター&ピッチをはじめとして学生の熱心な発表が目立った大会でした。なお、来年は宇都宮大学での開催になります。 今回の大会では、 朝鮮の森林に関する未刊行文献の発見について報告 し、その文献に記載された李氏朝鮮以前の宗教的な森林と漁猟的な森林について予備的な分析を発表しました。関連して、学会後に奈良の桜井まで足を延ばして大神神社の三輪山に学生たちと登拝してきました。 御神体が山というのは、日本のもっとも古い信仰の形態の一つですが、神道や仏教に取り込まれていく中で、原型をとどめているものは多くありません。三輪山は遠藤安太郎の『日本山林史』にそうした原型的な「神座林」の代表として記載されています。ありがたいことに、もともとは禁足の地であった御神体にいまは登拝することができます。 狭井神社で受付してもらい、登り始めたのが9時半ごろで、下りてきたのは11時半を回っていました。三輪山での撮影は禁止されているため写真はありませんが、 山の中腹に中津磐座という岩場があり、頂上に奥津磐座という岩場がありました 。これは、去年お邪魔した 宗像大社辺津宮 と中津宮(筑前大島)、沖津宮(沖ノ島)との関係とまったく同じで、三輪山の麓には磐座神社など辺津磐座と呼ばれる岩場が点在しています。しかも奥津の読みは「おきつ」でした。月曜日でしたが、たまたま12月1日だったせいか、神社も山も賑わっていました。 この写真は箸墓古墳の前方から見た三輪山です。標高は467mでなだらかに見えますが、登拝の道はほと...