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3月, 2026の投稿を表示しています

追いコン

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今年の卒業式は、小雨がパラパラと降っていて、講堂もちょっと冷え込みました。研究室からは3名の学部生が卒業し、うち2名が院進します。修士は1名が修了し、博士(連大)に進学します。卒業・修了、就職して研究室から巣立つ学生たちを囲んで恒例の追いコンです。OBOGも駆けつけてくれて、ホットプレートと鍋で温まりながら、賑やかな会になりました。 学生たちから Peperomia hovaria という観葉植物をいただきました。手触りの良い、丸い葉っぱがかわいいです。コショウ科サダソウ属は南米の熱帯に多く自生しますが、日本ではサダソウ( Peperomia Japonica )があるくらいで珍しいものだそうです。サダソウという種も今回初めて知りました。 農工大に来てからあっという間に10年が経ちました。博士号をいただいてから早20年です。いろいろ大変なこともありますが、虚心坦懐、初心にかえって、学生たちと一緒に研究室を大事に育ててまいります。

つくばで森林学会&林業経済学会

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つくば国際会議場 で森林学会、引き続いて筑波大学で林業経済学会が開催されました。17日はメインホールで行われた午前の企画シンポ&午後の公募セッションに参加しました。公募セッションでは研究室の4年生の小室くんが卒論の内容を 発表 しました。メンバーも応援に駆けつけてくれました。 この企画シンポと公募セッションは林学の源流を探索すると同時に、林学の枠組みを問い直そうという野心的な試みで、森林総研の平野さんを中心に練ってきました。今後の展開がとても楽しみです。 林業経済学会のシンポ は主伐時代における素材生産事業者や森林組合の現状と今後について議論するというものでした。そもそも、専門家であるが故に業界というしがらみの中で解をまとめることはとても難しいことです。しかし、急成長しているAIが、おそらく数年も待たないうちに、そうしたしがらみを無視した、それでも信頼性の高い解を出してくるでしょう。われわれはそうした解とどのように向き合うのでしょうか。白書の目標ではなく、AIが出した解を論文のイントロに引用する日は近づいています。 よく会っている人、久しぶりの人、大会中にたくさんの方とお話しする機会がありました。研究成果の発表はもちろん大切ですが、研究者同士の交流が本当にありがたいことです。親交を深めつつ美味しい ロシア料理 もいただきました。 来年は沖縄那覇(3/14〜17)です。いまから楽しみですね。

ホトケノザ

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一昨日は雪がちらついたり、今日もちょっと寒かったのですが、農場の道端に咲いているホトケノザが春の訪れを告げています。 ホトケノザは漢字で書くと仏の座。その隣で咲いているヒメオドリコソウは姫踊子草。大犬陰嚢と蝋梅の悪役感に対して、これらはヒロイン感たっぷりです。

牟婁の春

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紀伊半島の西牟婁郡・東牟婁郡に山林所有の調査でお邪魔してきました。南紀白浜空港からすぐ近くの円月島は、海蝕洞(中央の穴)から水平線が見えるのが素晴らしいですね。 このあたりに来たのは初めてです。 南方熊楠記念館 に寄って、この地が生んだ偉人の事蹟を学びました。明治期にアメリカで隠花植物の採集をした道具やノートなどの貴重な史料から熊楠は微細なことが好きだったということがよく分かります。熊楠は神社合祀反対運動でも有名ですが、その舞台となった神島をこの記念館から望めることは知りませんでした。 写真は記念館の 屋上展望デッキ から東の方角を撮影しています。右手にある白い建物がホテルハーヴェスト南紀田辺のようです。その手前に浮かぶ2つの島が神島(かしま)です。左がこやま、右がおやまで、あわせて2.99haだそうです。1929(昭和4)年に昭和天皇が神島に上陸した際に、軍艦長門で熊楠がご進講を行い、1935(昭和10)年に神島は国の天然記念物に指定されました。熊楠亡き後、戦後になって昭和天皇が神島と熊楠を偲んで詠んだ歌の歌碑が記念館の前に建てられています。 さて、本題の山林所有の調査ですが、かつて部落有林野を財団法人や社団法人にした事例は日本各地に偏在していて、その一つが牟婁です。今回、20年前の公益法人制度改革がこのような山林所有に与えた影響を調べているY先生に同行させていただきました。 古座川町のM保郷会では分収林契約で保郷会の土地に住民が植林した記録を台帳に残していました。ただ、50年前にはとても賑やかだった集落はいま高齢化と人口減少ですっかり静かになっています。白浜町のT保郷会でも同様の分収林がありますが、保郷会に寄付して、権利を放棄する人が増えています。 日置川の蛇行によって形成された豊かな農地はもう春の装いです。お土産に 南高梅のはちみつ梅 を購入しました。訪問を受け入れてくださったみなさまに心よりお礼申し上げます。

大井川芸術創生譚@静岡県島田市抜里

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博士課程のOさんと研究室メンバーで 大井川芸術創生譚 を見学するために静岡県島田市抜里にお邪魔してきました。10月に開催された 林業経済研究所のシンポ「農山村と芸術」 でこの取り組みを知って、訪問の機会を狙っていました(シンポ記録は 林業経済78(11) を参照ください)。 走る大井川鐵道に歓声を上げたりしながら抜里にたどり着くと、イベント基地になっているヌクリハウスでクロスメディアしまだの兒玉絵美さんが出迎えてくれました。兒玉さんと一緒に集落内にある「魚藤」さんのお弁当を堪能していると、若手アーティストの鈴木一生さんも加わってくださり、アーティストと住民の関係性や、住民同士の関係性である「抜里根性」の重要性を伺うことが出来ました。 アチラコチラに展示されている作品をコンプリートするためには集落をぐるりと散歩するように仕組まれています。そびえる巨大な竹製の手(小山真徳作「てのひら」)はのどかな茶畑になぜか溶け込んでいて、不思議な感覚が生まれます。 抜里に生まれ育った米沢くにおさんは、ご自分のガレージにところ狭しと家族の肖像(「家族をみつめて」)を飾っています。力強い色彩とタッチが家族の喜びを直截的に観るものに伝えてきます。 運動不足と花粉症の身体に鞭打って、「ぼいんぼいん山 ART TRAIL」を進んでいくと、マスコットキャラクターの「茶々」がちょこちょこ登場して山頂まで案内してくれました。 かつてあった保育園の子どもたちが名付けたというぼいんぼいん山(正式名称は寺山)の「音の要塞」(西田秀巳作)からは、大井川の蛇行で形成された自然環境に寄り添う集落を一望できます。写真の中央にある小山には抜里の家の多くが檀家になっている万福寺のお墓が見えます。川に近い方に茶畑が広がり、山側には民家が立ち並びます。どうやら芸術にはこの地で培われた人々の暮らしを可視化させる力があるようです。 日帰りで滞在時間が6時間ほどだったため、まだ見ていないところがたくさんありそうです。芸術、そして集落は、効率的に短時間で理解するものではなく、あそびながらのんびりと味合うものですね。今度は泊まりで訪問したいと思います。