菊と桐
連合農学研究科(博士課程)の入学試験が行われました。たまたま農林共生社会科学専攻の会場の一つが本館3階の第4会議室で、自分はここを担当しました。本館は基本的には2階建ての建物で、3階には(たぶん)この小さな会議室があるだけです。 この部屋に入ったのは(たぶん)2回目ですが、東京高等農林学校時代の校旗が額に入れられて置かれていることにはじめて気が付きました。 右に菊、左に桐を配置した徽章(マーク)です。この「菊桐の徽章」について『 東京農工大学百年の歩み 』(1981: 17)には以下のように記述されていました。 「東京農林学校となってから制服制帽を箔用することになったのを機会に,昭憲皇太后から賜った菊桐の徽章を帽章とした。同校が東京帝国大学に併合されて農科大学になったとき本科学生は大学の制帽を用いることにしたが,乙科(実科)は従来どおりの制服制帽を着用した。東京高等農林学校はそれを踏襲し,東京農工大学の設立に至るまでこの徽章を用いた。」 東京農林学校が帝国大学農科大学になったときに、昭憲皇后から下賜されていた徽章を実科だけが使い続けたため、昭和15年に本科と実科が分離した際に府中の東京高等農林学校にこの徽章が継承されたということです。昭憲皇后は、明治天皇の皇后である美子(はるこ)で、「宮中養蚕」を始めた人物として知られています( 沢辺2020 : 115)。その後、蚕糸学校を源流とする工学部が合流して農工大になったことは、もちろん美子の知るところではありませんが、そのときにこそこの徽章を使い続けるべきだったのではと少し残念に思ったところでした。 なお、入試の方は、菊桐の徽章に見守られながら、無事に終えることが出来ました。