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日比谷ぶらり

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ゼミのエクスカーション企画で日比谷公園界隈に出かけました。コースは、松本楼でランチ → 日比谷公園散策 → 市政会館見学 → 日比谷図書文化館特別研究室 です。 市政会館は1929(昭和4)年に佐藤功一の設計で建築されたもので、一体となっている日比谷公会堂側を日比谷公園大噴水から望めます。 次の写真は、市政会館の時計台の上から日比谷公園を一望したものです。林立するビル群にある、緑豊かな一画はまさに都会のオアシスですね。 本多静六、後藤新平、内田嘉吉と台湾に深く関わった人物の足跡を辿る一日でもありました。

ただいま やさしき明治

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府中市美術館で現在開催されている「 ただいま やさしき明治 」展を観てきました。 笠木治郎吉(1870-1923)は、農山村の生業や人々を鮮明に、色彩豊かに描いています。その技術は確かなもので、農家の娘や猟師などが生き生きと動く瞬間を絵の中に見事に記録していると思います。 文字資料やモノクロ写真では知ることができない明治の空気を吸い込むことができました。  

日本民家園

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研究室のメンバーで川崎市生田にある日本民家園にお邪魔しました。 写真の民家は、旧三澤家住宅(長野県伊那市)です。「石置板葺」の屋根には、クリの板が並べられて、それらを押さえるためヒノキの「ヤワラ」(押縁)が置かれ、その上に石が並べられています。 合掌造りの旧野原家住宅(富山県利賀村)には、「オエ」に二つの囲炉裏があり、手前が家族用(ユルリ)、奥が接客用(デイノユルリ)とのことでした。農具や民具も民家ごとに展示されていて、大変勉強になります。 写真は、沖永良部の高倉で、屋根裏が食糧貯蔵庫になっています。湿気や動物から食糧を守るために東屋のようなかたちになっています。 たくさんの民家が展示されていて、3時間があっという間でした。また近いうちにお邪魔できればと思います。

雲と自由の住むところ

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 農工大の農学部は駒場農学校に起源があります。昭和10年に東京帝国大学農学部実科が東京高等農林学校として駒場から府中に移転しました。その際に作った学生寮の名前が「駒場寮」でした。現在の1号館のあたりにあったそうで、昭和55年に関係者が建てた小さな石碑がひっそりと残っています。 そこに刻まれた「雲と自由の住むところ」という言葉は当時の校風を表現したものですが、いまは少し忘れ去られているような気がしています。 新学期です。一日も早くコロナが収束してくれるのを願います。

卒業式・修了式

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修了、卒業、おめでとうございます。 コロナが始まってからすでに2年が経ちました。この間、論文作成のための現地調査ができなかったり、オンラインでの発表ばかりだったりで大変でしたが、みなさん本当によく頑張ったと思います。

あけましておめでとうございます

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あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。 府中浅間山から富士山が綺麗にみえました。

黄金の水

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 年内最後の工学部での講義を終えて、帰り際に前原坂にある六地蔵で黄金の水を汲みました。NHKの72時間で取り上げていて存在を知りました。もう何年も近くを通っているのに気がついていませんでした。すぐ横にあったコーヒ豆屋さんでコーヒを買って家に帰り、黄金の水で淹れてみました。

農場から富士山

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 晴天の朝、農場から綺麗に富士山が見えました。しばらく落ち着いていたCovidですが、オミクロン変異株の出現で再び懸念が高まっています。一日も早く日常が戻ってくることを富士山にお祈りしました。

久しぶりの飯田

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 Covidのために飯田での現地実習をしばらく延期していましたが、ようやくお邪魔することが出来ました。 商店街の方や市民活動をされている方からCovidによる暮らしの変化についていろいろお話を伺うことが出来ました。 お店の場所が少しだけ移動していましたが、駅前の新京亭のラーメンは相変わらず美味しかったです。遠山郷にもまたお邪魔できることを楽しみにしています。

小菅村

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Covid19の感染拡大が落ち着いてきたので、かねてよりお邪魔したかった小菅村に行ってきました。 OBのAくんが地域おこし協力隊としていま小菅村で働いていて、誘ってくれたからです。 写真は、村を一望できる三ッ子山に登って撮ったものです。下山しているとき、クロコノマチョウに出会いました。秋ですね。 橋立地区では、日当たりの良い斜面を利用して「掛け軸」畑を作っています。午後になって集落は日陰になっていますが、奥に見える畑には強い陽射しが降り注ぎます。  小菅村の道の駅はとてもおしゃれで、たくさんの美味しい地元野菜や加工品が販売されていました。地ビールをお土産に買って帰りました。 一日中、Aくんに村内を案内してもらい、大変勉強になりました。また近いうちに再訪したいです。

ヤエザクラが咲きました

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去年の卒業式に植樹したヤエザクラが今年も綺麗に咲いてくれました。 しっかりと根づいてくれたようです。10年くらい経って大きくなると3階からも楽しめるかも知れません。  

さくら通り

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例年、この時期は森林学会で府中にいないことも多いせいか、サクラの写真をほとんど撮っていませんでした。散歩がてら府中公園やさくら通りでシャッターを切ってきました。 もうすぐ新学期です。  

卒業式・修了式

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コロナで大騒ぎしているうちに一年が過ぎました。驚いたことに去年の卒業式から今年の卒業式までカメラを使っていませんでした。ブログも時間が止まったようでした。 偶然、卒業式の前日にチャノキの苗木(さやまかおり)をいただけるとのメールがあって、それならば、去年のサクラに続いて今年も植樹しようということになりました。 コロナは当分の間、終わらないでしょう。来年度は少しずつでも対面で共有する時間を増やしていければと思います。  

花が咲きました

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3月25日に卒業生と一緒に卒業記念で9号館脇に植樹したヤエザクラが咲いてくれました。 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で卒業式ができず、4月になってからは緊急事態宣言が出されて、入学式はもちろんのこと、登校することさえできない状態になってしまいましたが、見事な花をみて気分が和らぎました。 学生も教職員も元気に再会する日のためにいまは自分にできることに最善を尽くしましょう。

ウエブ総会

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新型コロナウィルスの感染拡大で名古屋大学での森林学会および林業経済学会の大会が中止・延期になってしまいました。 しかし、林業経済学会は春の大会時に定時総会を行わないと、学会事務を次年度に引き継ぐことができません。そこで総会だけをウエブ会議で開催することになりました。 ネットの環境などを考慮して山中湖の「富士癒しの森研究所(東大富士演習林)」に学会総務と会長だけが総会当日の前日3月29日に集まることになったのですが、未明から関東一円で大雪に見舞われました。 スタッドレスタイヤを履いたレンタカーでなんとか辿り着き、リハーサルをして当日も無事に総会を執り行うことができました。関係者のみなさま、大変お疲れさまでした。

集落文書調査

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2月20日から22日にかけて上越名立にまたお邪魔してきました。集落文書の調査で、区長さんにお話を伺いながら二日にかけて文書の写真を撮影させていただきました。 最終日は雪混じり小雨の中でしたが、集落の建物や用水を歩いて見学しました。例年ですと、積雪が背丈ほどもあるのですが、今年は暖冬であちこちに土が見えています。 帰り道、Sさんの高校時代の思い出がつまる「ニューハルピン」でタンメンを食べることが出来ました。直江津で愛されてきた、コーンの入った独特の甘みを堪能しました。

九大箱崎キャンパス

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伊都に移転した九州大学ですが、博物館はまだ箱崎に残っています。研究会で箱崎キャンパスにお邪魔しました。 博物館のある建物の屋上から眺めるとかつてのキャンパスが更地になっているのを一望できました。

都内で富士山に登ろう

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S先生に誘われて年末に富士塚めぐりをしてきました。 一つ目は新しくなった国立競技場のすぐ近くにある鳩森八幡神社です。 寛政元(1789)年の築造だそうで、富士山から運ばれた溶岩も用いられています。手前にある池は富士五湖を意味しているのでしょうか。 二つ目は品川の品川神社にある冨士塚です。築造は明治になってからだそうですが、大きさは都内最大規模とも言われています。 少し見つけにくいのですが、品川神社にはもう一つ観光名所があります。写真は板垣退助のお墓です。有名な「板垣死すとも自由は死せず」が刻まれた石碑もありました。 都内で一日に二回も富士登山できるなんてなかなかおもしろい体験でした。外国からの観光客にもお手軽で良いかもしれませんね。 ちなみに府中にも小さい富士塚があります。浅間山の頂上にある浅間神社の富士塚です。

霜月祭

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写真は飯田市上村程野の正八幡宮です。 12月14日の深夜から15日の早朝にかけてこの社殿で霜月祭が行われました。 面(おもて)が登場する4時頃から天伯が舞う7時頃まで見学させていただきました。 1つ目の映像は、四面の一つである水王が湯切りをする場面です。 煮えたぎる湯の前に立っている水王は、面をつけているため周りが見えていないようです。介添をしている人が水王の腰紐をしっかりと持って釜との距離を保っています。 2つ目の映像は、やはり四面の一つである火王が社殿を所狭しと跳び回る場面です。 跳ぶ火王とそれを受け止める人とが声を掛け合いながら距離を測っています。 面のために周囲が見えていないはずで、信頼がなければ思い切って踏み切ることはできないでしょう。 今回、程野と木沢で見学しましたが、その内容はかなり異なっていました。霜月祭を理解するためには集落ごとの違いを観ていく必要がありますが、祭りを通じて仲間通しの信頼を育てているという共通点がありそうです。 社会を維持するために必要なことはなにかという難解な問いに対して、答えをはっきりと見せてくれたように感じました。

第8回東大林政・香坂研・立花研 ・竹本研合同ゼミ

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すっかり恒例になった東大林政・香坂研・立花研 との合同ゼミが今年も開催されました。 農工大からは佐藤くん(M1)、山口さん(B4)、樋口さん(B4)の3人が発表をしてくれました。 それぞれの研究室の学生や関係者はもちろんですが、OBやOGで駆けつけてくれた方もいて、大変な盛況でした。

林業経済学会秋季大会@農工大

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林業経済学会2019年度秋季大会を農工大府中キャンパスで11月22日(金)から25日(月)にかけて開催しました。期間中、あいにくの雨で出足が危ぶまれたのですが、蓋を開けてみれば、合計で188名(速報値)の大勢の方に参加いただくことが出来ました。 発表者や座長、参加者の方々にはもちろんのこと、バイトをしてくれた学生や運営に携わった方々に心より感謝申し上げます。 最終日の公開シンポジウム「徹底討論:林政の新展開を問う」では、本郷浩二林野庁長官を迎えて、森林環境譲与税や森林経営管理法について議論を行いました。 報告者の3名と座長による議論のみならず、フロアとの意見交換もなされ、有意義な時間となりました。参加者は87名でした。 シンポジウムが終わる頃、ようやく暖かな陽射しがキャンパスに戻ってきました。

台南でEAEH2019

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10月24日から27日まで台南の国立成功大学で開催された第5回東アジア環境史会議(EAEH2019)に参加してきました。 成功大学のシンボルツリーになっているこのガジュマル(榕樹)は、大正12年に皇太子時代の昭和天皇がお手植えしたものだそうです。この大学はこの頃は工学系の高等学校で、昭和18年に台湾帝国大学の工学部となりました。 台南の街にも日本統治時代の建築物があちらこちらに残されています。林百貨店はリノベーションされておしゃれな観光スポットになっています。 旧台南地方法院は森山松之助(1869-1949)による建築で、現在は司法博物館として利用されています。明治29年から明治30年にかけて統治時代の司法方針が定まったことがよくわかりました。森山の建築物としては旧台南州庁舎(現在、国立台湾文学館)も見学できました。昨年、訪れた旧台中州庁舎も森山の建築だったことを知りました。東京駅で有名な辰野金吾の弟子だそうです。  25日には曾文渓をめぐるエクスカーションに参加しました。曾文渓は阿里山を源流に、有名な八田ダム(烏山頭ダム)を経て、台南に注ぐ川です。台湾の西側の平地は川が東の山から西の海へ向かうばかりで、平地の田畑で水を使うために南北の水路が必要でした。写真は統治時代に作られた水路で、そのうえに道が作られています。 その道の上から直行する川を眺めると、水路と平行に軌道のあとが残されていました。これはサトウキビ(Sugar cane)を運ぶための軽便鉄道のあとです。台北萬華にある糖廍文化園区を思い出しました。台南では砂糖イコール豊かさだったため、料理の味付けが伝統的に甘いのだそうで、実際にそうでした。 このあたりはヒシ(Water chestnut)の生産で有名です。あちらこちらに写真のような池で栽培されていました。食べさせていただきましたが、水分や油分の多いクリのようで大変美味しかったです。 河口には西表島のようなマングローブ林が広がります。人口が密集する古都台南からわずか数kmなのにこのような自然環境があることは大変な驚きです。ラッキーなことに絶滅危惧種のクロツラヘラサギを観察することができました。 台南は台湾でもっとも早くから開けた場所で、「台湾の京都」的な位置づけです。台南...

関川村ふたたび

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一年ぶりに新潟の関川村にお邪魔してきました。下関の齋藤医院の中庭を眺めているとなぜか落ち着きます。 台風が過ぎ去ってきれいに晴れ渡った米坂線の越後下関の駅です。往きは新潟駅経由で来たのですが、せっかくなので帰りは米沢から帰ることにしました。

不動ふたたび

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上越名立は不動にまたお邪魔してきました。 ブナ林を視察するため真夏の不動山に登っていくと、急に広がった霧が幻想的な風景を作り出しました。 翌日の朝、上瀬戸の行政資料を拝見するためKさんのご自宅にお邪魔しました。田んぼの緑が美しい集落です。 帰り際、いつもお世話になっているSさんに代表的上越ラーメンの「オーモリ」に連れて行っていただきました。 甘い味付けの豚骨醤油でワンタン麺。この地域で愛され続けている味を満喫しました。(今度は直江津の「ニューハルピン」に!)